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母から社会部へ。会社の先輩へと繋がる。(入会理由:第7話)

2017年10月28日

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子どもがもうすぐ生まれるのに、いつまでも気持ちが低空飛行のわたしは、このままではいけないと、医師に治療方針の変更を相談。
その結果、これまでよりも少し強めの抗うつ薬に切り替えることにしました。これが苦しい日々の始まりでした。

抗うつ薬の副作用で地獄の苦しみ

抗うつ薬というのは、効果がでるまで2週間~4週間程度かかると言われています。体の反応を見ながら量を調整していくため、最初は少量から始めて、徐々に錠数を増やしていきます。

わたしの場合はジェイゾロフトという薬でしたが、これを1錠から始めて、1週間毎に1錠ずつ増やしていきました。

ところが、最初の1錠を飲んで、次の日から体に強烈な反応がでました。
これまでなかった体のだるさ、倦怠感。

そこまで強い薬ではない、という話だったのですが、わたしの体には大きな負担になりました。それでもなんとかこの低空飛行から脱したいという思いから、この治療方針でしばらくやろうと思いました。

(ちなみに医師に相談すると、ジェイゾロフトの副作用ではなく、うつによるものではないかという見解でした)

1錠が2錠に増え、2錠が3錠に増え、最終的には4錠(最大値)まで増やしていきました。この過程が非常につらくて、増量するたびに強い反応が体からでました(人によるようなので、全ての人に反応がでるわけではありません)

毎日続く苦痛に、全てを投げ出したくなることも

この時も嫁は地元に帰っていたので、わたしは家にひとりだったのですが、
毎日続く倦怠感とそこから来る、負の感情に徐々にやられ始めてしまいました。

会社も休みがちになり、ベッドから起き上がれない日も度々ありました。

なんとか会社に行った日も、医務室で横になることが多くなり、頭も働かず、体もだるくどうしようもない日々。

この状態は薬を増やしていく数週間の間だったと思いますが、「一生これが続くのではないか」という不安を感じさせるには十分な時間と苦痛でした。

そして、時には不安と苦痛から逃れたくて、「死にたい」というような感情まで生まれてしまうようになっていました。

地元の母から会社の社会部へ。

一方母は年末年始に地元に帰った時、わたしは母に何もいいませんでしたが、私の目をみて、「これは本当にあぶない」と感じていたそうです。

わたしは幼いころに大病を患ったことがあるのですが、そのときの、わたしの目と同じだったといいます。「お母さん助けて」と目がいっていたといいます。母の勘というやつでしょうか。

そして、わたしには言わずに地元の創価学会員に相談し、そこから東京支部経由、わたしの職場の社会部にコンタクトをしていました。

創価学会キーワード:社会部
一般社会の企業や業界内に存在する創価学会員グループをさす。一定数以上の学会員がいる各企業や各業界には社会部が作られていることが多くあり、地域の活動とは別に、社会部単位での座談会などの活動をしている。

その後のある日、同じ会社の会ったことの無い先輩から連絡をいただき、ランチに誘っていただきました。うちの会社にも社会部がありその先輩が社会部で代表をしていました。

母が連絡した地元の学会員経由、わたしの状況が会社の社会部にまで伝わり声をかけてくれたのです。自分の会社に社会部があるなんてはじめてしりました。そして、地元経由でここまでコンタクトができる創価学会のネットワーク力には驚きました。

はじめてお会いする人でしたが、会社の先輩ということで安心感もあり、温かそうな雰囲気なので二つ返事でランチの約束をしました。

そして、お昼を食べながら、過去に倒れてから現在に至るまでの状況、現状の体調が悪くて精神的に不安定なことなどを洗いざらい話しました。

先輩は優しくうなづき、「全て順調にいっている人なんていない。大丈夫だよ。」「過去に倒れた人もちゃんと復活したから大丈夫だよ。」というような励ましや温かい言葉を頂きました。

そして、次回の社会部の集まりに誘われました。

これまでの自分なら参加しないのでしょうけど、
この時は、わらにもすがる思いで参加することにしました。

そして、そこで中野さんとの出会いがありました。

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