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創価学会に入ったら家庭が崩壊するの?家族が未入会だったらどうなるの?

2017年11月5日

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いつもお読みいただきありがとうございます。管理人のけいすけです。

学会員の知り合いが増えると、「うちの家族は私だけが活動してます」とか「妻は未入会です」など、家族の一部の方だけが入会していたり、ご自身は入会しているけどパートナーが未入会だったりといったケースを結構見かけます。

うちの実家も母のみが入会しており、あとの家族は未入会でした。

それで創価学会に入ったら「家族と絶縁状態になる」とか「家族が崩壊する」というような言説がネットで見かけられたりもするんですが、少なくとも私の周りではそういうのは聞かないです。

もちろん未入会の家族が必ずしも好意的とは限らなくて、「どちらかというと反対されてます」とか「宗教は生理的に受け付けないと言われます」というようなレベルの人までいたりはします。

ですが夫婦の喧嘩のタネ、くらいになることはあっても、「家庭崩壊」というのは聞かないですね。

未入会の妻との会話

うちの嫁も未入会でして、アンチではないですが応援もしていません。

そんなヨメのヨメ子と私の間では、度々こんな会話があります。

 けいすけさん、ちょっとお願いがあるんだけど。。。

 

はいはい、ヨメ子さん、なんですか。

 

 この棚に置いてある、仏壇場所を変えてくれないかしら?

 

え、邪魔かな?

 

 うーん、まあちょっと邪魔というのもあるけど、なんとなく目に入るのが気になって。。。

 

え、でも、普段は扉は閉じているし、手のひらサイズの小さなものだから、そんなに気にならないでしょ?(うちのはお守り御本尊です)

創価学会キーワード:お守り御本尊

手のひらサイズの小さな御本尊様。(御本尊様とは「南無妙法蓮華経」の文字マンダラが記されているもので、御本尊様に向かって毎日お祈りをすることになる。通常サイズと小さなサイズ(お守りサイズ)がある。

 

 うーん、たしかに小さいんだけど、やっぱり仏壇は仏壇だし。そう意識しちゃうと、なんだか普段の生活の中で目に入るのが私には違和感があるの。。。だからちょっと奥の部屋の方に移してくれないかしら。

 

そ、そうなんだ。。。

 

 あと、けいすけさんが創価学会に入ったことは全く反対してないんだけど、「南無妙法蓮華経」って日常生活で聞こえてくるのもちょっと違和感があって。。。できれば小さな声で、私の聞こえないような時にやってくれないかしら。

 

え。。。でもいまも声の音量はけっこう遠慮しているし、そんなに長い時間やっているわけでもないと思うんだけど。。。

 

 いや、それでもやっぱり聞こえてくるし、もう少しなんとかして欲しいの!

 

は、はい。。。

そして我が家の対応は。。。

というようなことがあり、

それからの私はヨメ子が風呂に入っているとか、寝た後とか基本的にはそういう時をめがけて勤行・唱題しています

声もできるだけヒソヒソというレベルで行うようにしており、まるで密教のような生活に。。。

なので、たまに地区の唱題会(みんなで題目を唱える会)に参加したりして、その時は音を気にせずに唱えています。

創価学会キーワード:勤行・唱題

「勤行」は御本尊に向かい、法華経の一部を唱えた後、「南無妙法蓮華経」と題目を唱える一連の動作。「唱題」は題目を唱えることを指す。勤行・唱題が信心の基本とされる。

家族が未入会でも家庭は崩壊しません(させません)

さて、話を戻して、

こんな感じでたしかに家族やパートナーが未入会の場合、それなりに摩擦がおきることは確かだと思います。

特に、もともと熱心な創価学会家族を持つ異性と結婚した時に、家族や本人の習慣とどう折り合いをつけるのかということで悩まれる方がいるのではないでしょうか。

そのあたりがこじれて「創価学会のせいで家族が崩壊した」というような言説になっているのかなーと想像するのですが、

それは創価学会のみならず、宗教や政治、下手したら応援する野球球団とかでも同じようなことが起こるのではないかと思います。

大事なのは家族やパートナーの思いと、自分のやりたいことのすり合わせをしていくことであり、それは何事も一緒だと思うわけです。

また、少なくとも私の周りには「奥さんも絶対やらせなさい!」というような学会員は全くいません。

むしろ冒頭で述べたように、同じように家族が未入会だったりするので、「奥様にくれぐれもよろしくお伝えください」とか「奥様の思いを大切にされてください」というような良識的な人が多いです。

もちろんその上で、「信心をやめる」のではなく、「理解してしていってもらう」ために何ができるかを一緒に考えて、行動してくれます。

ちなみにヨメ子は仏壇や勤行は得意でないようですが、私が学会員の友人たちに助けられていることは感謝しており、個々人に対しては好意的です。

うちはまだまだその程度ですが、ゆっくり長い目で折り合いをつけていけたらと思っています。