【入会後3部:第5話】お母ちゃんの思いに涙する

(前回のお話はこちら

わたしに仏壇を買おうと勝手に盛り上がってしまい、急遽東京に来ることになったお母ちゃん。

わたしから連絡しても聞く耳をもたずの状態でした。

山田さんが説得してくれる

このままだとわたしの了解も得ないまま、仏壇を買いそうな勢いのお母ちゃん。

わたしが山田さんに状況を話すと、
山田さんもお母ちゃんに話してみてくれるという話になりました。

わたしを学会に導き、体調が悪い時に支えてくれた山田さんに対しては、
お母ちゃんも絶大な信頼を寄せています。

その山田さんからの話なら聞くかもしれません。

わたしは「是非に」とお願いして山田さんからお母ちゃんに話をしてもらいました。

その後、具体的なことはわかりませんが、山田さんから折り返し連絡をもらい
「ヨメ子とわたしが良い感じで会話をしたので、今はそっとしておいた方が良さそうである」
という感じのことを話してくれたことを聞きました。

お母ちゃんが少し落ち着く

山田さんの話を受けて、お母ちゃんの爆発寸前の気持ちも少し落ち着いたようでした。

再度お母ちゃんに連絡をしたところ、
とりあえず仏壇をぐいぐい勧めてくることはなくなりました。

東京に来ることは来るのですが、仏壇うんぬんではなくて、
普通にご飯を食べながら色々話をしようかという感じに落ち着いていました。

少なくともわたしの了解を得ることなく、
仏壇を買うということは無さそうな雰囲気になっていました。

渡辺さん、婦人部の方も参加することになる

仏壇の件が落ち着いてきて、お母ちゃんの訪問を歓迎する余裕も出てきたので、
お母ちゃんとの会食に、地域の部長である渡辺さんもお呼びしようと考えました。

渡辺さんは今回の出来事をよく理解していただいており、わたしとヨメ子の意思を尊重してくれていました。
お母ちゃんも会いたいと言っていたので、渡辺さんにお声がけしたところ、快く参加してくれることになりました。

当日会ったお母ちゃんはこの前の仏壇エネルギーはどこへやらで、
すっかり納得をしている様子でした。
やはり、信頼している山田さんに話してもらえたことが非常に大きいようでした。

もはや仏壇を無理やり買うという心配はなくなったので、
今回お母ちゃんと一緒に仏壇の件で盛り上がっていた婦人部の方にも急遽お声がけしました。

結局、お母ちゃん、婦人部の方、渡辺さん、わたしの4人でご飯を食べることになったのでした。
(ヨメ子、息子ちゃんは不参加)

お母ちゃんの思いに涙する

当初はお母ちゃんを説得する修羅場になるのではないかと心配したのですが、
非常に和やかな会になりました。

この会食の席で、お母ちゃんは渡辺さんや、婦人部の方に対して、
「最近はけいすけの言うこともなるほどな、と思うことがある。学会に対して色んな意見があることがわたしも勉強になる」だなんてことを話し出しました。

これまで学会のこととなると猪突猛進になり、
「学会は絶対正しいんや!!」と押し切ってきたお母ちゃん。

そのお母ちゃんが、
わたしがブログで書いているような(お母ちゃんはガラケーなので、口頭でインプットされている)少し斜めから見た意見に対して、
「なるほど、こう言う見方もあるのかと思う」と言い出したのです。

これにはわたしもビックリしました。

そして「2年前はこんな日が来るなんて夢にも思わなかった。あの頃は本当に辛かった。」と
話し始めました。

ここから涙なしには聞けない、お母ちゃんの思いが語られていきました。

2年前というのはわたしが心身を病んで、どん底にいたときのことです。

そのころの私は、抗うつ薬、睡眠薬、抗不安薬を飲み、お母ちゃんには「死にたい」と話している状態でした。

今まで詳しく聞いたことがなかったのですが、
お母ちゃんの中でも、わたしの病気から復活に到るまでの間に様々な心境の変化があったということを、
渡辺さん、婦人部の方に語り出しました。(そしてわたしも横で聞いてました)

わたしが病気になって「死にたい」という話をしていたときに、
それはもう心を掻き毟られるような気持ちになったこと。

その思いを学会本部の相談室(のようなところがあるらしい)で泣きながら話したところ、
「絶対に大丈夫!祈っていきましょう」と励まされ、また涙したこと。

そこで「何としてもこの信心で息子の病を乗り切る。」
「信心を通じて宿命転換することを残り人生のかけて絶対にする」と決意を新たにしたこと。

そうやって覚悟を決めて祈り出すと、まさに自身の「祈り方」が変わっていったこと。

「それまで50年信心やってきたけど、わたしはまだまだやった。
わたしはこの子の病気を通じて、本当の祈り方を教えてもらった」と、語るお母ちゃん。

わたしは自身のことなので、気恥ずかしい思いもあるのですが、本当にありがたいと感じました。

今や自分も子を持つ親となったわたしとしては、
息子から「死にたい」なんて相談されたときのお母ちゃんの気持ちは本当に辛かったと思います。

でも、それを「変毒為薬」、「宿命転換」するんだと心に決めて、
行動で示し続けてくれたお母ちゃん。わが母ながら本当にすごい人だと思いました。

点と点が線になる

お母ちゃんの話を聞きながら、私の中ではいくつか点と点が線に繋がることがありました。

入会したときや大学校に入ることが決まった時に、お母ちゃんが狂喜乱舞するかとおもったのですが、
思ったより冷静で「これから頑張っていこうな」というような反応だったこと。

わたしが随分元気になってきて、お母ちゃんとヨメ子が心温まる話をしたときも
最後は「これからがスタートやで」と話していたこと。

全ては、お母ちゃんの強い覚悟の表れだったのだと繋がりました。

そして、わたしが復活して中野さんをはじめとした周囲の学会員の皆さんにお礼を述べた時に、
たくさんの方から「何よりもお母様の祈りが通じたんですよ」と言うお言葉をいただいたことがありました。

これも今回のお母ちゃんの話を聞いてまさにその通りなのだろうなと感じたのでした。

こんな感じの話が続き、自分のことで気恥ずかしいながらも感動しっぱなしの会食になったのでした。
(多分お母ちゃんもわたしに直接話すのではなく、渡辺さんたちに話す形だったので話しやすかったのだと思います)

そんなわけで、おカタギ御本尊にするしない、仏壇を買う買わないの話から、
結果としてお母ちゃんの思いを聞くことに繋がることになったのです。

思いもしない展開になりましたが、非常に印象的な出来事になったのでした。