【入会後3部:第7話】宿命転換について教えてもらう

山田さんに人間革命を読むことを勧められたわたし。

興味は持ったものの、手に取るまでは至っていないのでした。

そんなある日、山田さんから久しぶりに教学の勉強をしようとお誘いいただきました。

山田さんに人間革命と宿命転換を説明をしてもらう

少し前には任用試験に向けてマンツーマンでレッスンをいただいていたのですが、選挙で任用試験が中止になり、その後部長が渡辺さんに変わったので直接山田さんとレッスンすることは少なくなっていました。

山田さんにお会いすると、小説「人間革命」の第1巻を手渡されました。

もともと創価大学の後輩に渡そうと入手していた数冊のうちの一冊が余っていたようです。

そして、「人間革命」という言葉について任用試験の勉強も兼ねてお話がありました。

けいすけさん。今日は「人間革命」という言葉について勉強しましょう。この人間革命という言葉は仏法用語ではなく、創価学会の言葉です。

似たような言葉に「宿命転換 (しゅくめいてんかん)」という言葉があります。ご存知ですか?

山田さん

けいすけ

はい、宿命転換というのはみなさんよくおっしゃいますね。任用試験の勉強でも出てきたので分かっているつもりです。自身の持つ辛い境遇や困難を「宿命」と呼びますが、それは決して宿命だから諦めろということではなく、この信心を通じて変えていく、つまり「転換」することができるということですよね。
バッチリです。素晴らしいですね。この宿命転換という言葉も、創価学会用語になります。あと、変毒為薬(へんどくいやく)という言葉もありますが、こちらは元々仏教にある言葉です。この辺りは日蓮仏法でも非常に重要なところなので、理解いただくことが大事だと思います。

山田さん

けいすけ

変毒為薬というのは中野さんからお伺いしたことがあります。わたしが心身を壊したこと自体は悲しいことだけれども、そのおかげで学会に出会えて、人生をよくすることができるという意味で、毒と思っていたことが実は薬になるということだと教えてもらいました。災い転じて福となすみたいなものだと理解しています。

 

それもバッチリですね。では少し難しい言葉ですが、この宿命転換に関連した言葉で「願兼於業(がんけんおごう)」と「転重軽受(てんじゅうきょうじゅ)」という言葉がありますがご存知ですか?

山田さん

 

けいすけ

えーと。確か任用試験の勉強かなんか聞いたことがあるような。。。いやよく理解できてないです。

 

宿命というのは、自分の過去世でした行いが今の自分に影響をしているものだと仏法では考えます。では、現代に置いて苦難を背負っている人は過去世において、悪いことをした人ばかりなのか?というとそうではありません。

山田さん

 

けいすけ

え、そうなんですか?

 

それが願兼於業(がんけんおごう)という考え方なんです。これは、「願いが業を兼ねる」という漢字です。本来は過去世においても立派な人は、今世で業を背負う必要がないわけですが、仏の道を目指す立派な人は、一般人の悩みや苦しみを理解する必要があります。だから本来立派な人が、望んであえて悩みや苦しみを背負い衆生の苦悩を理解するということです。

山田さん

けいすけ

ほー、そういう考えがあるんですね、なんだか仏法ってよくできてますね。

 

 

なので、けいすけさんが今回ご病気になられたことは、けいすけさん自身がこれから色々な人を救うためにあえて苦しみを経験された、願兼於業であったと考えることもできるわけです。

山田さん

 

 

けいすけ

なるほど。そういう捉え方もあるんですね。

 

あと、転重軽受という考え方について説明しますね。この信心をしていても辛いことや、苦悩が起きますよね。けいすけさんも、祈ったからと言ってすぐにご病気が治ったわけではありませんでしたよね。

山田さん

けいすけ

はい。私の場合はそれでも今は元気にしているのでまだ良いと思いますが、せっかく祈っているのに、苦労しっぱなしという人だっているわけですよね。

 

そうですね。でも、その場合も仏法的には矛盾をしてはいないんです。転重軽受という考えがあって、これは本来はもっと重く発生する予定だった苦難が、信心をすることで軽く発生しているという考え方です。

山田さん

 

けいすけ

ほう・・・

 

つまり信心をしていなかったら、今起きていることはもっと大変なことになっていた。信心をしていたからこれくらいで済んでいると考えるわけです。

山田さん

 

けいすけ

むむむ。なるほど。

キリスト教との違い

あとこの仏法における「宿命」の捉え方がキリスト教などとの違う点は、仏教には「原罪」という考えがないことかと思います。

山田さん

けいすけ

けいすけ:ああ、なんか聞いたことありますね。原罪。

はい。いわゆるアダムとイブが知恵の実を食べたことで、人間は楽園を追われたという話から始まるやつです。さらに人間を救おうとしたイエスキリストも十字架に貼り付けてしまうわけで、人間は生まれながらにして、原罪を抱えている罪ぶかきものという考えですね。

山田さん

けいすけ

うーん。でもさっきまでの話だとこの仏法にも生まれて持った「宿業」っていう考えがあるのですよね。

 

はい。それは原罪ではなく、あくまで過去世において自身が行った行いによる罪です。だから、今世で良い行いをすれば、宿命が転換できるということです。でもキリスト教的な考えだと、自分が何かをしたのではなく「人間」そのものに罪があるということなので、基本的に宿命を転換できるという考えがありません。

山田さん

けいすけ

ああなるほど。。。

 

だから、海外において広がっているのは、一つは自分自身が努力をすることで自分の運命を変えていけるという部分が受けているのがあると思います。その他宗教だとどうしても最後は神様にお任せというのがありますが、仏教、特に日蓮仏法では自分の努力で宿命を転換できるというわけです。

山田さん

けいすけ

さすが山田さんよく知ってますね。とてもよくわかりました。
あ、いえいえ。ちょっと話がずれました、人間革命、宿命転換というのが創価学会ではとても重要な考え方ということがわかって頂けたらよかったです。

山田さん

というようなやりとりがありました。

これ帰宅しながら、なかなかよくできた考え方だなぁというように感じました。

「こういう場合はどう考えるの?」ということに対して、しっかりと考え方が用意されているというのがすごいなと思いました。

もちろん「都合よく解釈を付け加えている」とか「言い訳くさい」という見方もできるかと思いますが、人間が生きていると必ずぶち当たるであろう、生老病死という苦悩について、長い年月をかけて練り上げられてきた哲学何だろうなぁ

なんていうことを感じたのでした。

このような話を受けて、改めて勉強してみたいなぁと思った時、手元に山田さんに手渡された人間革命の第1巻があったわけです。

それで読み始めてみたのでした。