親が創価学会の子だけど学校生活で悲惨なことは特になかった件

プレジデントオンラインにこんな記事が出ていました。

親が創価学会の子の悲惨すぎる学校生活

一言でいうと、「タイトルで煽りすぎ」「情報が古い!」って感じです。

なので、実態を知らない方が、真に受けるのはやめてください。

タイトルで煽りすぎ

そもそも、内容をよく読むと全然「悲惨な学校生活」が書かれてないです。

「親が創価学会であれば、さまざまなトラブルに直面する。」と断定しているわりに、

その例として出てくる話が創価学会以外の話だったりします。例えば、

これは創価学会の事例ではないが、学校現場で信仰のことが大きく問題になったものに、「エホバの証人」の信者が必修科目である武道の授業を受けることを拒否した出来事がある。

中略

創価学会の子どもや親が、修学旅行で神社仏閣を訪問させられたことで、信教の自由を侵されたと裁判に訴えた事例は、今のところない。そのため、社会的な問題にはなってこなかったが、信教の自由を重んじるのであれば、なんらかの配慮は必要なはずである。

という感じで、全く関係のない他宗教の事例を持ち出し、しかも「(修学旅行には)なんらかの配慮が必要」って、すごく一般論で結んでいるだけです。

全然悲惨じゃないじゃん。。。

せいぜい、名前を創価学会を連想するような名前をつけられるとか、親が学会員なら子も学会員になってしまうということについて問題提起しているくらいなのですが、それも以下のようにカトリックなども一緒と書いています。

「親が創価学会」であるというだけで、子どもも創価学会の会員になる。

これは、日本国憲法が保障する「信教の自由」に違反するのではないか、そのように考える人もいるに違いない。

これはなかなか難しい問題である。

そもそも、こうしたことは創価学会だけの問題ではない。

もし「親がカトリック」なら、親は生まれた子どもを所属する教会につれていき、神父に「幼児洗礼」を施してもらう。その際には、必ず「洗礼名」を授けられる。洗礼名には、パウロやマリアなど、有名な聖人の名前が用いられる。

タイトルだけ無理やり「創価学会員の子供は悲惨」と書いてあるけど、

中身を読むと創価学会関係ない内容とか、

創価学会だけじゃなくてカトリックとか宗教全般に言える話だったりします。

それとも、創価学会だけじゃなくて、カトリックも、その他宗教も全部子供は悲惨なのでしょうか?

煽りタイトルだし、失礼ですよね。

書いてある情報が古い

さらに創価学会の事例として書かれている内容も、時代錯誤が甚だしいです。

「トラブル」の事例で修学旅行で寺社仏閣に入るのをためらう学会員の子供がいると書かれていますが、これ、何十年前の話してるんでしょうか??

よく読むと、

創価学会が日蓮正宗と密接な関係を持っていた時代に言える。あるいは創価学会が急速に拡大していた時代にはその傾向が強かった。

という風に「昔の話」と読めるようになっているのですが、

それでも、現在の会員のなかに、神社の鳥居をくぐることさえ忌み嫌う人たちがいる。まして神社仏閣に参拝するなど、「謗法」にほかならないと考える会員もいる。

創価学会の会員の子どもが、修学旅行の際に、親から禁じられた神社仏閣に入ってしまい、それに気づいて、してはならないことをしてしまったと自責の念にかられ、真っ青になって座り込んでしまうようなこともある。

あるいは、神社の鳥居をくぐることを頑(かたく)なに拒むような会員の子どももいて、クラスメイトを驚かせることもある。

という感じで、

あえて現代でもそういった例が結構あるかのように記載しています。

そりゃあ1件でもあれば「嘘は言っていない」ってことになるのかもしれませんが、創価学会が急速に拡大したとかって40年〜50年くらい前だし、日蓮正宗との関係も30年くらい前に切れてるんですよ?

わたしが中高生だったのは15年以上前ですが普通に寺社仏閣いきましたぜ?

そもそも最近なんか「地域の祭りなどイベントは積極的に参加すべし」「神輿なんてどんどん担ぐべし」と指導されるくらいです。

記事でも

修学旅行で神社仏閣を訪れるのは、信仰のためではない。参拝が目的ではないわけだ。

そうした神社仏閣が日本の歴史のなかで重要な役割を果たしてきたから訪れるのであって、目的は歴史の学習である。

と書いてありますが、そうであればむしろ「積極的に参加すべし!」という方針です。

これに対して「謗法だ!」なんて言う学会員は現代では周囲の学会員に笑われるか、それこそ厳しく指導される気がします。

記事の著者の島田さんは他にも創価学会の書籍があるし、あまりバイアスをかかっていない人だと勝手に思っていたのですが、ご本人なのか、編集なのか、悪意を感じました。

いや、もう元号も令和なんだから、いつまでも何十年も前の創価学会の姿で記事を書かない方が良いのではないでしょうか。恥ずかしくないですか??