いつもお読み頂きありがとうございます。管理人のけいすけです。
先日掲載の通り、何件かご投稿を頂いております。今回はアンチ寄りの方からも丁寧で切実な内容をお送り頂いております。
今回は学会三世で創価大学卒である方からのご投稿です。
内容のダイジェスト
経歴だけを見れば「バリバリの活動家」と思いきや、何年も未活動状態だそうです。
理由はかつて父に暴力を振るわれていたときに投稿者様が助けを求めても、熱心な学会員であるお母様は学会活動を優先した(と投稿者様は感じていた)。
またその後も投稿者様の人生よりも「福運を積む」ことが優先されていると感じることが続き、このような関係がトラウマになっているとのこと。
内容を拝見すると胸が締め付けられる思いがいたしました。もちろんお母様にも何かご事情があったのではないかと推察するものの、同じ熱血学会員の母を持つ身としては、なんだか他人事とは思えませんでした。
それでもご投稿者が、
「御書の教えは正しいと思う」「創価学会自体を悪いとは思わない」「けいすけさんが出会ったような素晴らしい学会員の方もいるということを再確認できてとても嬉しく感じた」「そんな学会員が溢れる組織になればいいな、と心から願う」
という思いを持たれていることに頭が下がる思いがいたしました。
とてもセンシティブな内容ですが、同じような思いの方もいらっしゃるかもしれませんので、
ブログ掲載をお願いしご了承頂きました。
ご投稿内容〜熱血学会員の母へのトラウマと創価学会への思い〜
タイトル:「拙い体験談ですが読んでいただければ幸いです」
けいすけさん、はじめまして。私はハンドルネーム ○○ と申します。
ブログ、興味深く拝見させていただきました。
けいすけさんがとても素晴らしい方々に巡り合い、貴重な体験をされて、創価学会に入信されたのだと感じました。
個人的な内容で恐縮ですが、ブログを読んでいて自分の体験をお話させていただきたくなりました。もし読んでいただければ幸いです。
私は、祖母の代から続く学会三世です。同時に、もう7年ほど未活動の状態です。信心強盛な一族に生まれ、血縁の者はほぼ全員が地域で役職をもたせていただいています。
創価学会に対して疑問を感じはじめたのは、高校3年生、大学受験を控えた頃でした。
当時、私は機械系の整備士を志し、国立大の機械工学科に進学しようと考えていました。しかし、ある日母から強く創価大学を勧められるようになりました。
創価大学には、機械工学を専門に学べる学科はありません。将来の夢が断たれてしまうのは耐えられず、ずっと断っていましたが、何度もしつこく説得してくる母に「騙されたと思って受けてよ」と強く言われ、こういう親孝行もあるかもしれない、と根負けする形で創価大学受験を決めました。
受験勉強も大詰めという時期に、母に学会役職者着任の話がきました。
信心強盛な母はもちろん快諾。会合や座談会で家をあけることが多くなり、もともときょうだいで手伝っていた家事も、さらに分担が増えていきました。
母が家をあけている間、父は仕事のストレスから酒を飲み、難癖をつけては私に暴力を振るいました。強く殴られた衝撃で一瞬呼吸ができず、嗚咽してのたうちまわる日もありました。
父は母に知れることを恐れてか、母がいる間は大人しかったため、母に状況を説明し、助けてほしいこと、家にいてほしいことを懇願しました。母は私を心配する素振りもなく「お母さんが学会活動をしているのはあなたたちのためよ。福運になって返ってくるんだから大丈夫。」と言いました。
私を暴力から助けることより、見えない福運の方が母にとって大切で、この暴力を受ける地獄のような日々はこれからも続いてしまうんだ…と私は絶望で目の前が真っ暗になりました。
それから、私はなんとかして理解ある友人を頼ってその友人宅から高校に通わせてもらえることになり、自宅にはほとんど帰らないようになりました。その頃の私の家はもう家庭としてまともに機能しておらず、自宅に帰らないことを両親に咎められることもありませんでした。
友人の家で勉強に打ち込めたこともあり、受験の結果は合格、バタバタしつつあっという間に創価大学入学が決まりました。
受験が終わって冷静になって考えると、母は私の将来の夢や私自身のことはどうでもよくてただ創価大学卒の娘が欲しかっただけではないか、福運が積めるならなんでもいいのではないか…と疑問に感じはじめました。(そう感じるきっかけになったエピソードは書きませんが他にも多々あります。)
それら疑問を母にぶつけても、創価大学に行くのが1番いいんだ、信心をすることが1番いいんだ、との一点張りで、この人とは何を話しても無駄だと思うようになりました。
私自身は青年教学3級を持っており、簡単な理解ではありますが御書の教えは正しいと感じています。
そして創価学会が悪いとは思っていません。問題なのは創価学会を盲信したせいで物事の優先度が狂ってしまった母にあると考えています。
福運のためなら子どもが暴力にさらされても黙認できる、そんな親に私は失望しました。
家族なんだからいつかは分かり合える、そう信じて数年の間に何度も対話を重ねましたが、母と私では根本的な考え方があまりにも違うという結論に至りました。
大人になって、働きはじめた今でも、とても母を許すことができず、ついには離縁を迷っています。私は母の、自分がいい親で正しいことをしたと思い込んでいること、信心こそが全てで、それ以外は信心のためにあると思っていること、それに付随する様々な価値観をこれ以上許容できません。
親の子どもである前に、私は1人の人間です。傷つけられたことは忘れられませんし、両親に対して当時は無理に押し殺した感情が、私の中に未処理で残っていて、今もことあるごとに私の足枷になっていると感じる日々を過ごしています。
若干ぼかしてはいますが、これらは全て私の身に起きた本当の出来事です。
しかし、このブログを拝見し、けいすけさんが出会ったような素晴らしい学会員の方もいる、ということを再確認できてとても嬉しく感じました。
どうか、そんな学会員が溢れる組織になればいいな、と心から願いつつ、私からの感想を閉じさせていただきます。
乱筆で長々と失礼致しました。
けいすけさんの今後に、素晴らしい日々が続いていきますように、読者として応援しています。
管理人からのご返信〜他人事とは思えない熱血学会員の母の存在〜
○○様
ご連絡ありがとうございます。管理人のけいすけです。
メッセージを拝読し胸が締め付けられる思いがしました。
また、このような非常に大切でセンシティブな内容をわたしのようないちネットブロガーに教えていただけたこと、とても感謝いたします。
たまたまわたしの周りには一般的な感覚とのバランスをもった学会員がいらっしゃいましたが、例えば私の母も状況によっては○○さまのお母様のような形になっていたかもしれないと拝読していて感じました。
「信心が一番」という姿勢は私の母からもいつも感じますし、今でも「何かあったときはこれしかないからね!」という言葉をよくもらいます。
力強い言葉とその確信に尊敬することもありますが、どこかで恐ろしいとか、違和感を感じることがあるのも事実です。
ですから(安易に一緒にすることではないとは思いますが)○○さまのお母様のお話は他人事とは思えませんでした。
なので、以下のような思いについて、本当に胸が締め付けられる思いがしました。
>福運のためなら子どもが暴力にさらされても黙認できる、そんな親に私は失望しました。
>家族なんだからいつかは分かり合える、そう信じて数年の間に何度も対話を重ねましたが、母と私では根本的な考え方があまりにも違うという結論に至りました。
>大人になって、働きはじめた今でも、とても母を許すことができず、ついには離縁を迷っています。私は母の、自分がいい親で正しいことをしたと思い込んでいること、信心こそが全てで、それ以外は信心のためにあると思っていること、それに付随する様々な価値観をこれ以上許容できません。
>親の子どもである前に、私は1人の人間です。傷つけられたことは忘れられませんし、両親に対して当時は無理に押し殺した感情が、私の中に未処理で残っていて、今もことあるごとに私の足枷になっていると感じる日々を過ごしています。
おっしゃる通り、「福運のために子供が暴力にさらされても黙認できる」というのはおかしいと思います。
もしかしたら、お母様としては「その暴力を止めることも含めて信心でなんとかするしかない」という思いや、それしかできない事情があったのかもしれません。
でも、○○さまが「子供より信心を優先した」と今も感じている事実があるのであれば、やはりどこかに間違いや無理があったのだと思います。
本当に胸が締め付けられるお話です。
そんな辛いご経験をされても、以下のような○○さまのお言葉には頭がさがる思いです。
>私自身は青年教学3級を持っており、簡単な理解ではありますが御書の教えは正しいと感じています。
>そして創価学会が悪いとは思っていません。
>このブログを拝見し、けいすけさんが出会ったような素晴らしい学会員の方もいる、ということを再確認できてとても嬉しく感じました。
>どうか、そんな学会員が溢れる組織になればいいな、と心から願いつつ、私からの感想を閉じさせていただきます。
わたしのような若輩者のブログから少しでも創価学会へのプラスの感情をもってもらえたのであれば大変うれしいですし、
何か○○さまの心に届くものがあったのでしたら幸いです。大切な思いをお届けいただき本当にありがとうございました。
これからもありのままに書いていきますので、引き続きよろしくお願いいたします。
最後にお願いですが、このようなご意見をいただいたことを是非ブログに掲載させていただきたいです。
わたしの母にも通じるところがありますし、他の方にも程度の差はあれ、似た経験をされている方もいらっしゃるかと思います。
大変参考になるご意見ですので、是非お願いいたします
けいすけ
投稿者からのご返信〜「信仰への確信」を持つ母との対話を持つもトラウマから挫折〜
けいすけさま
先日体験談をお送りさせていただきました ○○です。
突然のメールにもかかわらずお返事いただきありがとうございます。
また、私の個人的な感情に対し、親身に傾聴してくださったことをとてもありがたく思います。
私は創価大学卒ですが、大学のごく一部の親しい友人にこの話を打ち明けたときには、なんといいますか、あまりリアリティを感じない反応をもらってきましたので、「通じるところがある」というけいすけさんのお言葉にとても救われました。
けいすけさんのおっしゃる通り、私の母が暴力を黙認し、福運のために信心を推し進めたことには
何かやむを得ない事情や考えがあった可能性があることも考えています。
しかし、それをカバーし、許せるようになるような親子の絆を今現在、私たち母子は築くことができておりません。
母をはじめ、熱心に信仰をされている方々には必ずと言っていいほど「信心への確信」があると思っています。
私もそれがあれば母の気持ちがわかるかもしれない、と活動に打ち込んでいたこともあるのですが、創価学会に関わることは私自身のトラウマに触れることに直結してしまい、幾度も挫折を繰り返し今の未活動に繋がっています。
これだけトライしてできなかったので、血縁とは一旦距離を置いて、近しい思いの人を探してみようと創価関係者のブログやTwitterを探していたところ、
けいすけさんのブログにたどり着きました。創価アンチの人のブログやTwitterはよく見かけるのですが、記述や固有の単語の言い回しなどから、その多くは他の宗教の人が書いたものであると感じています。
そんな中、実際に学会活動をしている、かつ入信の経緯が中立的な目線で書かれているけいすけさんのブログはとても新鮮でした。
また、お願いいただきました件ですが、当方の意見などでよろしければ、どうぞご使用ください。
生まれた時から入信している二世三世会員が多い今ですから、同じような思いをしている誰かに寄り添えるような記事にしていただければ幸いです。
これからも楽しみに拝読させていただきます。
この度は問い合わせ対応が多い中、ご丁寧にお返事をくださり、本当にありがとうございます。
