創価学会って仏教なの?そもそも仏教って何なの?(仏教の話①)

いつもお読み頂きありがとうございます。管理人のけいすけです。
最近ふとしたことがきっかけで、改めて「仏教って何か」を勉強しようと思いました。

(この投稿は勉強の進捗により変更したり、追加したりするつもりです。
また管理人の理解で記載しているので間違いも多々あると思います。ご了承ください。)

改めて仏教の勉強をしようと思ったきっかけ

最近ヨメ子と会話しているとこんなことがあり、そもそも仏教って何だっけ?と思って勉強することにしました。

 

創価学会って仏教なのよね?
いつも何に対して拝んでいるの?

 

 

そうですよ。まあ色々と経緯はあるけど、いわゆる日蓮宗です。
何に対して拝んでるって、そりゃ仏様、、、違うな、日蓮大聖人かな。いや、法華経というか御本尊様というか。。。

 

 

それって、神様とは違うの?
仏教ってお釈迦様が神様なの?

 

 

 

うーん。いわゆる神様とは違うような。
一人一人の生命の中に仏がいるというか。。。
でもまあ日蓮さんも「末法の御本仏」と言われているし。。。むにゃむにゃ。(うまいこと答えられない。。。)

 

という感じで、わかっているようで、実はよくわかっていないように思いました。

創価学会の「教学」について勉強して日蓮仏法の考え方の基本を学んだつもりになっていましたが、そもそも仏教って何?という全体感がよくわかっていませんでした。
(そんなことも知らずに創価学会入ったんですか?というツッコミに対しては、yesとしか言えませんです (´・ω・`)ショボーン)

仏様って何とか、仏教全体ってどういう歴史なの?ということにも興味がわいてきました。
それで、創価学会ではなくて、「仏教」に関する書籍や漫画を何冊か読んでみました。

正直書いてあることが、著者の考え方により微妙に異なるように感じましたが、わたしなりに現時点でわかったことをまとめておきたいと思います。(そしてヨメ子に説明してやるのです。。。)

お釈迦様とは誰かブッダ(仏)とは誰か

お釈迦様とは紀元前5世紀くらいにインドの「シャカ族」の王子として生まれた「ゴータマ・シッダールタ」だと言われています。

ゴータマが悟りを開いたのちに「ブッダ」(=悟った人)というように言われるようになりました。
仏=ブッダの意味合いです。また、釈尊やお釈迦様というのはゴータマのことを指します。

もともとはゴータマが悟りを開いてブッダになるので、ゴータマ=ブッダ=仏です。

しかし、その後ブッダというのは「悟りを開いた人」であり、ゴータマだけではなく、悟りを開いた人全てがブッダ(=仏)であるというように解釈されるようになりました。

なので、釈尊といえばゴータマのことですが、
仏というと必ずしもゴータマ個人を指すとは限らないのです。

このあたりが同じ仏教でも色んな宗派があり、色んな種類の「お経」で考え方が異なるポイントです。

お経とは何か?

そもそもお経ってなんでしょうか?

創価学会のお経といえば日蓮宗なので「法華経」です。

創価学会が唱える「南無妙法蓮華経(なんみょうほうれんげきょう)」というのは、
「南無(=帰依する)」なので、「妙法蓮華経に帰依します」という言葉です。
(帰依は拠り所とするとか、信頼するとか、全て任せるとかそういう意味合いの難しい言葉です。)

この妙法蓮華経は「法華経」のことで、日蓮宗は法華経を「最高のお経」としています。

逆にいえば、他にもお経があるということです。

そもそもお経というのはお釈迦様(=釈尊、ゴータマ・シッダールタ)が書いたものではないそうです。

お釈迦様は紀元前5世紀前後にいまのインドで教えを説いたと言われていますが、その時代にはまだ文字で書き残す文化が醸成されていませんでした。

なので、お釈迦様はあくまで口頭で教えを伝えて、それを後々に弟子たちが「師匠はこう言っていた!」と書き残していったのが「お経」です。

しかし、お釈迦様が入滅(亡くなること)してから、数百年してからできたお経もたくさんあります。なので、書いた弟子たちや時代によって書いてあることが結構異なるのです。

大乗仏教と上座部仏教(小乗仏教)

弟子たち(とさらにその弟子の弟子たち。。。)によってお釈迦様の教えは色々な解釈がされていった結果、仏教の経典であるお経はいくつもできていきました。

なので仏教の教え自体も分化していきます。

その大きな分け方が大乗仏教と上座部仏教(小乗仏教)です。
(小乗仏教という言い方は、大乗仏教からみて見下すニュアンスがあるらしく、上座部仏教と呼ぶのがヨロシイらしいです)

大乗仏教とは「大乗」=多くの人が乗れるということ。多くの人が救われることを目指した仏教だそうです。

大乗仏教ができる前の仏教では、悟りを開いて救われるためには出家して修行することが必要でした。

  • 出家しない人=在家の人たちも、出家した人=僧を助けることで良いことがあるというふうには説かれているものの、悟りに至ることができるのはあくまで出家して修行した人たちだけです。

また、悟りを開くというのもレベルがあって、ブッダのようになれるのは釈尊のような特別な人であり、それ以外の人は阿羅漢(あらかん)というレベルまでしか到達できないと言われていました。
上座部仏教(小乗仏教)がこのように「限られた人しか悟りを開けない」と説いていました。
※このあたりは読んだ本により若干説明が異なりましたが。

しかし、大乗仏教はより多くの人を救うことができるように「みんなブッダになれる」という教えになっています。在家のままでも人として良い行いを重ねれば、いずれは釈尊が悟りを開いてブッダ(=仏)になったように、みんな仏になれるのだ。という考え方です。

日本で広まった仏教は基本的にこの大乗仏教です。

「写経」することで有名な般若心教や「南無阿弥陀仏」と唱える浄土宗(浄土真宗)も大乗仏教です。そして創価学会(日蓮宗)の「法華経」の考え方も大乗仏教にカテゴライズされます。

ただし「みんな仏になれる」という大乗仏教の中にも、宗派によって考え方に色々と差があります。
これが非常に重要なのです。

(続く)

参考にした書籍&漫画: