【入会後3部:第14話】中野さんとお母ちゃんが初対面する~その2~

(前回のお話はこちら

中野さんに助けて頂いた当時のことを思い起こして改めて感謝の念を感じたわたし。

それでも中野さんは「お母様の祈りのおかげですよ」とおっしゃるのでした。

中野さんの体験

お母ちゃんからのお礼が一通り終わったあとは、中野さんとお母ちゃん互いに色々とお話をしました。

その中で印象的だったのは、中野さんが今のように活動をするようになったきっかけでした。

中野さんはもともとお母様が学会員であったものの、昔は中野さんご自身は熱心に活動をされているわけではなかったようです。

さらに社会人になり忙しい日々を過ごしている中で、だんだんと創価学会との縁も遠くなっていたころ、
あるとき新興国への海外赴任が決まってついに日本を離れることになりました。

普通に考えればますます創価学会と縁遠くなる状況でした。

ご本人は「ああ、こうやって信心から離れていくのかなぁ」なんて感じていたそうです。

ところが、赴任先についてみるとびっくりします。

なんとそこには日本人の学会員がいたそうです。

そしてその方の教えで信心をしている現地の方も何人もいました。

驚いた中野さんに対して、その日本人学会んの方は「来てくれてよかった!」と大歓迎をします。

実はその日本人学会員の方の海外赴任任期がもうすぐ切れてしまう予定だったとのこと。

20年も30年も前の新興国での話です。未だ参考になる現地語の書籍も殆どありません。

現地の人の中には「日蓮大聖人はキリストの生まれ変わりだと思う!」とか、
まだまだ誤解が混じった解釈をされている人もちらほらいるようでした。

地域に信心の種がやっと広まってきたとは言え、こんな状態で中心者である自分がいなくなっては信心の芽が枯れてしまう
可能性もあります。

そのため、その日本人の学会員さんは

「どうか引き継いでくれる方が現れますように」と必死で祈っていたようなのです。

しかし、当時その国に来る日本人なんて両手で数えられるくらいの数だったようです。

それでもあきらめずに祈っていたところ、たまたま学会員である中野さんが来たというわけです。

そうして、中野さんは大歓迎を受けて「現地の中心者」の後任者として、
期せずして現地の学会を支える立場になってしまったわけです。

最初は驚きましたが、自分しかいないのでとにかくやるしかない。

当時は座談会の会場まで2時間、3時間も徒歩で通ってくる現地の人もいたようで、
その人たちを中野さんは車で送って行ってあげたりしたそうです。

また、赴任中は中野さん家族のご病気など、困難が巻き起こるのですが
そこでも信心によって乗り越えられる経験をされて、
ますます確信を強められていったようです。

ちなみに中野さんのご家族では中野さん以外は信心をしていないようですが、
「それくらいの環境の方が僕にとってはさぼれないから良いんだよ」なんて朗らかにお話されていました。

うちの実家も、お母ちゃんはスーパー熱心な学会員なわけですが、
お父ちゃんは全くの無信仰でして、共通点を感じました。

さらに中野さんは会社がお休みの時には聖教新聞の配達もされているようでした。

「立派な会社の社長さんが新聞配達するなんて!」と僕がびっくりすると

「いやいや、肩書なんか関係ないよ。信心が全てだよ。」とあくまで自然体でお応えされていました。

そんな様子を聞いて、母も心底感心していました。

社会的な肩書が関係ない信心の世界

お母ちゃんからは、半世紀にわたる信心の思いや、わたしが病気の時にどんな思いで祈っていたのか、
わたしが元気になってから、恩返しとばかりに必死に折伏をしまくってきた様子を語っていました。

ちなみにお母ちゃんの折伏により、この2年程度の間に4~5人程度折伏して入会したようです。。。
学会員でない人には分かりにくいかもしれませんが、今の時代中々新規入会の人って増えないので、
10年くらい活動している人でも1名やっと折伏できるのか、みたいな感じだと思います。
そんななかお母ちゃんは毎年2名くらいのペースでコンスタントに折伏しているようです。
これってすごいですよね。。。

そんな勢いを感じてか中野さんも心底感心されて

「本当に素晴らしい。お母さんを是非指導していただきたいです」なんておっしゃていました。

少しお母ちゃんの方が年上ながらも、ほぼ同世代であるお二人ですが、生きてきた道も、今の立場も全く違います。

それでも、しがない食堂のおばちゃんであるお母ちゃんに対して、
立派な会社の社長である中野さんが「指導してほしい」なんてお話される様子をみて、

学会の世界観とは本当にすごいものだと改めて実感したのでした。

そんな感じで、熱い話をしながらも雰囲気としては非常に和やかで、穏やかな時間が流れたのでした。