(前回もお話はこちら)
お母ちゃんが「日帰りで東京に選挙応援にいきます!!」なんて高らかに宣言していた頃、わたしも育休を取得して数ヶ月が経とうとしていました。(このときはまだ休んでます)
普通に育児家事をこなせるようになる
このころになると以前は飲まずには過ごせなかった睡眠薬や抗不安薬は全く必要なくなっていました。(嫁子の実家にお世話になってから、ほとんど必要ない状態でした)
一応、抗うつ薬は予防の意味もあり服用していましたが、たまに飲み忘れても全く気にならないレベルまで回復していました。(もちろん飲むに越したことはありません。)
そういう状態なので、普通に育児家事をやっていました。
ヨメ子とわたしの大まかな分担は、わたしは家事全般を担当し、朝昼晩のゴハンの支度や、掃除・洗濯を行います。ヨメ子は息子のミルクや寝かしつけ(夜間含む)などを担当していました。
そんな感じで、このころには育休らしい生活を普通にできるようになってきました。
(ブログでは学会活動ばかりしているように見えるかもしれませんが、このときはあくまで育児家事がメインで、学会活動がオマケです。。。)
新しい世界にふれる
育児をするなかでこれまで見えなかった世界が見えることもたくさんありました。
平日の昼間に、公共施設にあるキッズスペースにわたしが息子を連れて行くと、20人くらい親がいるなかで、男親はわたしだけでした。
わたしはあまりそういうのは気にしない方なので、全然平気だったのですが、大勢の人がいる場所に慣れていない息子が泣き出してしまい、30分以上泣きやみません。
そうすると職員さんや近くのママさんががやってきて「大丈夫ですか?」と話しかけてきます。
そして心配そうに「あのー、今日はお母さんはどちらにいらっしゃるんですか?」と聞かれます。
わたしが普通に「家にいますよ?」と答えると、
「あのー、何か問題とかありませんか?」とか「おくさん調子が悪いんですか?」とか色々と心配していただくことが多かったです。
平日の昼間から父親だけでキッズスペースに来ているのは、「何か事情があるのではないか」と思われるのか、と悟りました。(もちろん親切心で聞いて聞いてくれているのはわかります)
そんなときは、「実はわたし育休をとっていまして。」と話すと、
みんな「それは素敵なことです!是非がんばってくださいね!」と応援してくれました。
0歳〜幼稚園くらいまで色んな子供たちがおり、それを温かく見守るママ(とたまにパパ)や職員さんたちがいる。なんともほんわかとした空間でした。
平日昼間の日本にこんな平和な空間があるなんて、と驚きました。
かつてわたしが過労で倒れたときは「もう死ぬしかないのかな?」なんていう風に追い詰められたりしていたわけですが、ほんの少し自分の常識の外に出ると広がるものってあるのだな、
なんて感じたりもしました。(学会もそうだったと思います)
育休の短縮を考える
息子も生後半年を過ぎると少しずつしっかりしてきて、見ている方も安心感が湧いてきました。
また、世話をしているヨメ子もわたしの慣れもあり少しずつではありますが、心と体に余裕が生まれ始めました。
公共施設に遊びにいくことはありましたが、それもたまにだったし新鮮ではあるものの、自分の居場所という感覚はありませんでした。
基本的にはずっと家にいて、家事育児をしていました。
数ヶ月間、家で育児家事をやりつづけていると、世間のことがとても気になってきて、普段読まなかった経済新聞を読み漁るようになったり、無性に「仕事がしたい!」なんていう気持ちが湧いてきました。
学会の活動があったおかげで家の外に居場所があったのは有り難いと思いましたが、ただそれも毎日というわけではないので、やはり「外の世界に出たい」という思いが強くなってきました。
幸いヨメ子も息子も健康だし、わたしの体調面も非常に安定してきている。
しかし育休期間はまだまだ半分以上残っていました。(1年弱申請していたので)
そこでわたしは育休を短縮して、早めに職場に復帰することを考えはじめるのでした。
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