山田さんに人間革命を読むことを勧められたわたし。
興味は持ったものの、手に取るまでは至っていないのでした。
そんなある日、山田さんから久しぶりに教学の勉強をしようとお誘いいただきました。
山田さんに人間革命と宿命転換を説明をしてもらう
少し前には任用試験に向けてマンツーマンでレッスンをいただいていたのですが、選挙で任用試験が中止になり、その後部長が渡辺さんに変わったので直接山田さんとレッスンすることは少なくなっていました。
山田さんにお会いすると、小説「人間革命」の第1巻を手渡されました。
もともと創価大学の後輩に渡そうと入手していた数冊のうちの一冊が余っていたようです。
そして、「人間革命」という言葉について任用試験の勉強も兼ねてお話がありました。
けいすけさん。今日は「人間革命」という言葉について勉強しましょう。この人間革命という言葉は仏法用語ではなく、創価学会の言葉です。
似たような言葉に「宿命転換 (しゅくめいてんかん)」という言葉があります。ご存知ですか?
山田さん
けいすけ
山田さん
けいすけ
山田さん
けいすけ
山田さん
けいすけ
それが願兼於業(がんけんおごう)という考え方なんです。これは、「願いが業を兼ねる」という漢字です。本来は過去世においても立派な人は、今世で業を背負う必要がないわけですが、仏の道を目指す立派な人は、一般人の悩みや苦しみを理解する必要があります。だから本来立派な人が、望んであえて悩みや苦しみを背負い衆生の苦悩を理解するということです。
山田さん
けいすけ
なので、けいすけさんが今回ご病気になられたことは、けいすけさん自身がこれから色々な人を救うためにあえて苦しみを経験された、願兼於業であったと考えることもできるわけです。
山田さん
けいすけ
山田さん
けいすけ
そうですね。でも、その場合も仏法的には矛盾をしてはいないんです。転重軽受という考えがあって、これは本来はもっと重く発生する予定だった苦難が、信心をすることで軽く発生しているという考え方です。
山田さん
けいすけ
つまり信心をしていなかったら、今起きていることはもっと大変なことになっていた。信心をしていたからこれくらいで済んでいると考えるわけです。
山田さん
けいすけ
キリスト教との違い
あとこの仏法における「宿命」の捉え方がキリスト教などとの違う点は、仏教には「原罪」という考えがないことかと思います。
山田さん
けいすけ
はい。いわゆるアダムとイブが知恵の実を食べたことで、人間は楽園を追われたという話から始まるやつです。さらに人間を救おうとしたイエスキリストも十字架に貼り付けてしまうわけで、人間は生まれながらにして、原罪を抱えている罪ぶかきものという考えですね。
山田さん
けいすけ
山田さん
けいすけ
山田さん
けいすけ
山田さん
というようなやりとりがありました。
これ帰宅しながら、なかなかよくできた考え方だなぁというように感じました。
「こういう場合はどう考えるの?」ということに対して、しっかりと考え方が用意されているというのがすごいなと思いました。
もちろん「都合よく解釈を付け加えている」とか「言い訳くさい」という見方もできるかと思いますが、人間が生きていると必ずぶち当たるであろう、生老病死という苦悩について、長い年月をかけて練り上げられてきた哲学何だろうなぁ
なんていうことを感じたのでした。
このような話を受けて、改めて勉強してみたいなぁと思った時、手元に山田さんに手渡された人間革命の第1巻があったわけです。
それで読み始めてみたのでした。
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