帰省して地元の人たちに会う(入会後:第15話)

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育休を数ヶ月過ごす中で、心も体も元気になってきたわたし。

予定していた期間を前倒して復帰することを考えはじめました。

復帰の時期が決まる

もともと職場に月1回程度状況の報告に行っていたので、そこで相談をすることにしました。

働き手不足の昨今、前倒しする分には歓迎ということもあり、早めの復帰の方向で調整することになりました。

とはいえ、明日からというわけにはいかないので何度か相談を重ねて、

育休をとってから半年頃を目処に復帰する方向で決定しました。

実家に帰る

復帰時期が決まったので、あとは悔いなく育休の間に家族の絆を深めようと思いました。

そこで関西の実家に帰ることにしました。

ヨメ子もわたしも実家は関西方面なのですが、以前帰ったときはヨメ子の実家に1ヶ月半もお世話になったのに、わたしの実家には息子を連れていくことができませんでした(まだ本当に小さかったのと、関西でもそれなりに距離があるので。)。

今回はわたしの実家をメインで里帰りすることにしました。

前回関西に帰ったときは、まだまだ体調が安定していなくて、いろんな薬を手放せずにいる時期でした。

そのときは家族に会いにいくはずなのに、不安で心がいっぱいでした。

そこから半年も経っていないのに、今回は希望で胸がいっぱいでした。

元気になった自分を家族に見せることができる。

大きくなった息子を両親に見せることができる。

「死にたい」とまで言っていた自分が元気になって、ヨメ子、息子と楽しく過ごしている姿をお母ちゃんに見せることができる。

そんなことを考えるととても嬉しくなりました。

 地元でお母ちゃんの学会員友人に会う

地元に帰ったのは夏の時期でした。

ちょうど夏祭りや盆踊りなんかがやっていて、そこに息子と一緒にいくと、小学校や中学校の友人、地域のおっちゃん、おばちゃんがいました。

小さいころからわたしを知っている人ばかりです。

みんな「あのけいちゃんがパパなんて信じられない!」なんていう反応をしていました。

その中には、お母ちゃんと昔から友人の学会員もいました。

思春期のころ、座談会の誘いを断るようになったわたしに対して、「いつかわかる日がくるからね」と優しい目をしながら言っていた人たちです。

10代のわたしはその言葉や態度を「上から目線」だと感じていましたが、その自分が学会員に助けられて、こうして入会する日がくるとは不思議なものです。

地元でお会いした人の中には、かつてわたしが東京でインターンしたときに、お母ちゃんに紹介してもらった学会員の方もいました。(何年か前に地元に戻ってきていました)

昔からわたしのことを気にかけてくださっていて、入会前から学会云々は関係なく時折ご飯に連れて行ってくれている人でした。(そのときも一切学会の話はしませんでした)

あとで知ったのですが、実はわたしが倒れたときにお母ちゃんはこの方に連絡して、そこから地元の学会組織を経由して、東京の組織まで連絡してもらい、わたしの会社の社会部に連絡が来たということのようでした。

わたしはそんなこととはつゆ知らず普通に話しかけました。

また彼も恩人であるはずなのにそんなことを微塵も出さず、こんな言葉をかけてくれました。

「けいちゃん入会したんだってね。おめでとう。けいちゃんは昔からすごく強い子だったから、そこにご本尊様が加わったら、鬼に金棒。もう怖いものなしやと思うで。」

その言葉をかけてくれた彼は、「いつかわかる日が来るからね」と言っていた学会員の人たちと同じように、優しい顔をしていました。

かつてと違い、不思議とそれを心地よく感じる自分がいるのでした。

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