(前回のお話はこちら)
1ヶ月半程ヨメ子の実家にお世話になった間に、かなり体調が良くなってきた わたし。
東京に帰る日がやってきました。
東京で子育てをはじめる
このころには突然不安が襲ってくることや、精神的なもので倒れこむことは殆どなくなっていました。
東京に帰えるとまたぶり返してしまうのではないかという不安はありましたが、いつまでもヨメ子のご実家に世話になることも出来ないので、東京に戻ってきました。
慣れない子育てや、夫婦2人と赤子という初めての環境で、わたしとヨメ子がケンカをすることは度々あったものの、以前のようにベッドから起き上がれないというようなことは起きませんでした。
もちろん不安はあったのですが、それ以上に子育てのペースをつかんでいくことに必死でした。一人でいたころのように考え込んでしまう時間が無かったこともよかったのかもしれません。
東京に帰ってきたことをメールで学会員の皆さんに報告すると、以前と変わらない温かいメッセージをたくさんくださいました。
ただ、このころは学会活動に参加する余裕はなかったですし、自宅でも勤行・唱題がほとんど出来ていなかったように思います。
時間的にどうこうというよりも、そっちに気をまわせるような状態ではなかったという感じです。
とにかく子供にミルクをあげて、寝かしつけることが一番。
寝た後は物音を立てずに過ごすことが一番。という状況で、
もし勤行唱題で子供が起きてしまったらえらいことになります。
じゃあ外でやればいいかというと、夜中も子育て対応してふらふらのヨメ子に子供を任せて、学会活動にでかけることはできないので、一人東京にいたときに出来ていた活動はほとんどできなくなっていました。
この期間は、学会員との関わりは主にメールやLINEでのやりとりがメインになっていました。
少しづつ学会活動を再開する
ただそんな中でも山田さんはわざわざ家の近くまで来てくださったので、育児の合間に少しだけ抜けて、1対1でお話するような時間を作ってくれたりしました。
そして、帰ってきて2ヶ月くらいしてくるとようやく東京での子育てのペースにも慣れてきて、短時間ながら学会員の会合に顔を出せるようになってきました。
皆さん以前と変わらず温かく接してくれ、無事子供が生まれたことを自分のことのように喜んでくださいました。
また地域の婦人部の方々からは小児科や保育園などの子育て情報を教えてくれました。
行政主催の子育てサポートイベントなどにも支えてもらいましたが、その地域で実際に子育てをしている方々からの生のアドバイスをもらえるのはとてもありがたかったです。
今思えばそうした時間を持つことで、社会から孤立しがちな子育て中の日々でも、話し相手がいてくれて、気分転換も出来てとても助かったように思います。
このとき子供を入会させる、させないというような話は特にでていなかったのですが、どちらかというと私の方がお世話になった方々に子供を見せたいなぁと思っていました。
一度は座談会などの会合に連れて行きたいなと思いつつ、ヨメ子の考えもあるだろうし、何より日々それどころではない感じでなかなか踏み切れずいました。
(続きはこちら)